【ケーススタディ:CRMの定着】誰も入力しないCRMを、営業会議で使われるツールに作り直した半年間
導入から2年、誰も入力せず数字も信用されなくなったCRMを、新任のマーケティング責任者が半年かけて作り直したモデルケースです。途中の失敗と方針転換から、定着のポイントを物語で紹介します。

Key pointsこの記事の要点
- 形骸化したCRMの裏には、現場が本当に使っている「影のリスト」があり、それが最も正直な要件定義になる。
- 正しい設計でも会議が変わらなければ使われないため、作り直しは営業会議の主催者と一緒に始める。
- 定着の決め手は、「CRMのおかげで助かった」という具体的な出来事をつくること。
この記事は、新規事業やイベントの現場でよくある状況をもとに構成したモデルケースです。登場する企業・人物は、特定の企業や個人ではありません。
CRMを使われるようにするための「正しいやり方」は、ある程度知られています。項目を絞る。商談ステージを顧客の行動で定義する。見る会議を決める。頭では分かっていても、いざ自社で取り組むと、なぜか思ったとおりに進みません。
この記事では、従業員数十名のBtoB SaaS企業「F社」を舞台に、形骸化したCRMを作り直した半年間を物語として追いかけます。主人公は、入社したばかりのマーケティング責任者です。彼女は一度、作り直しに失敗します。そこから何に気づき、何を変えたのかが、この記事の中心です。
CRMの定着に悩んでいるマーケティングや営業企画の担当者の方に、「現場では、こういう順番でつまずくのか」と感じてもらえたらうれしいです。
ケースの概要
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 会社 | F社 |
| 事業・規模 | 中堅企業向けの業務管理SaaS。従業員は約50名、うち営業8名、インサイドセールス3名 |
| CRMの状態 | 導入から2年。入力項目は300以上あるが、まともに入力されている商談は全体の3割ほど。営業会議の資料は表計算ソフトで作成 |
| 担当者の立場 | 新しく入社したマーケティング責任者。CRMの運用は前任者の退職以降、誰の担当でもなかった |
| 期間 | 4月から9月までの約半年 |
| 体制 | マーケティング責任者が中心。途中から営業部長、インサイドセールスのリーダーが加わる |
4月:300の項目と、誰も開かないダッシュボード
佐伯さん(仮名)がF社のマーケティング責任者として入社したのは、4月の第1週でした。最初に頼まれた仕事は、CEOの三浦さん(仮名)からのこんな一言です。
「マーケティング施策が、どれだけ受注につながっているか知りたい。CRMに全部入っているはずだから」
佐伯さんはその日のうちにCRMを開きました。そして、しばらく画面の前で固まりました。
商談の入力画面には、項目が上から下までずらりと並んでいます。数えると312個ありました。「競合製品の利用年数」「先方のサーバー環境」「担当者の趣味」。2年前の導入時に、各部署の要望をすべて受け入れた結果でした。
ダッシュボードも23枚ありましたが、閲覧の履歴を見ると、ここ半年で開かれたのは2枚だけ。それも開いたのは、退職した前任者でした。
受注見込みの合計を出してみると、今期の目標の2倍を超える金額が表示されました。半年以上前に止まったままの商談が、ステージ「提案中」のまま大量に残っていたのです。この数字を信じている人は、社内に一人もいませんでした。
5月:表計算ファイルに隠れていた「本当の商談リスト」

佐伯さんは、営業部長の大森さん(仮名)に話を聞きにいきました。毎週の営業会議で、何を見て話しているのかを知りたかったからです。
大森さんは少し気まずそうに、共有フォルダの表計算ファイルを見せてくれました。ファイル名は「案件リスト_最新_本当の最新」。営業8人が毎週金曜に更新している、F社の本当の商談リストでした。
中身を見て、佐伯さんは驚きました。列はたった11個しかありません。会社名、担当者、金額、次にやること、その期日、決裁者に会えたか、受注予定月、そして大森さんが付ける「要注意」の印。CRMの312項目に比べると、あまりにも簡素です。
それでも、営業会議はこのファイルだけで回っていました。CRMは、上司に聞かれたときのために、あとからまとめて入力する場所になっていたのです。
6月:理想の設計で作り直し、2週間で元に戻る
佐伯さんは、ここで一気に作り直すことを決めました。前職でもCRMの運用を担当していたので、設計には自信がありました。
まず312あった項目を見直し、必須項目を18個に絞りました。商談ステージは、営業の感覚で付けていた「確度A・B・C」をやめて、顧客の行動で定義する6段階に変えました。ダッシュボードも、チャネル別の商談化率やステージごとの滞留日数など、8枚をきれいに作り直しました。
さらに、過去2年分の商談データを新しいステージに合わせて整理し直そうとしました。古いデータが残っていると、分析が正しくできないと考えたからです。この作業だけで、3週間かかりました。
6月の半ば、佐伯さんは営業全員を集めて説明会を開きました。資料は40枚。新しいステージの定義、項目の意味、ダッシュボードの見方を丁寧に説明しました。営業のメンバーは静かに聞き、質問はほとんど出ませんでした。
最初の1週間、入力は確かに増えました。ところが2週目に入ると、更新される商談の数がみるみる減っていきます。月末には、ほぼ元どおりになっていました。
営業会議では、相変わらず「案件リスト_最新_本当の最新」が画面に映っていました。営業のメンバーは、金曜に表計算ファイルを更新し、思い出したときにCRMにも入力する。作り直す前よりも、二重入力の手間が増えただけでした。
佐伯さんが作った8枚のダッシュボードは、その月、佐伯さん以外の誰にも開かれませんでした。
7月:失敗の理由は「設計」ではなかった
何がいけなかったのか。佐伯さんは、営業のメンバーに一人ずつ話を聞いて回りました。
いちばん率直だったのは、トップ営業の木村さん(仮名)です。昨年度、F社の受注の4割近くを一人で取ってきた人です。
「正直に言っていいですか。入力は時間のムダだと思っています。CRMに入れても、誰も見ていない。見ていないものに時間を使うくらいなら、お客さんに電話したい」
佐伯さんは、反論しかけて言葉をのみ込みました。木村さんの言うことは、事実として正しかったからです。新しいダッシュボードは、営業会議で一度も映されていません。営業から見れば、入力先が増えただけでした。
大森さんにも話を聞きました。大森さんは悪びれずにこう言いました。
「説明会の内容はよかったと思うよ。でも、会議を変えるとは聞いてなかったから」
ここで佐伯さんは気づきました。自分はCRMを作り直していたけれど、営業会議を作り直してはいなかった。そして、営業会議を主催しているのは自分ではなく、大森さんだったのです。
方針転換:表計算ファイルを「正解」として認める
佐伯さんは、方針を大きく変えました。理想の設計をいったん脇に置き、大森さんの表計算ファイルをそのままCRMに写すことにしたのです。
大森さんと2人で、表計算ファイルの11列を一つずつ確認しました。「決裁者に会えたか」の列は、大森さんが商談の進み具合をいちばん信用している列でした。「要注意」の印は、大森さんの頭の中にある基準を言葉にしてもらい、「次にやることの期日が過ぎている」「2週間以上動きがない」の2つの条件に置き換えました。
結果として、CRMの必須項目は18個から9個に減りました。6段階のステージは残しましたが、名前は表計算ファイルで使われていた言葉に合わせました。ダッシュボードは1枚だけ。表計算ファイルとほぼ同じ見た目の一覧に、「要注意」の印が自動で付く画面です。
そして大森さんは、8月の第1週から営業会議でこの画面を映すと約束してくれました。条件は1つだけ。「最初の1ヶ月は、表計算ファイルと並べて使わせてほしい」。佐伯さんはこれを受け入れました。
8月:代行入力で入力率は上がった、けれど
残る問題は、木村さんたちの入力の手間でした。そこで、インサイドセールスのリーダーである小池さん(仮名)が手を挙げました。
「商談のあとに、営業から一言チャットをもらえれば、うちのチームで代わりに入力しますよ」
この方法は、最初はうまくいきました。8月の半ばには、CRMの商談の9割以上が最新の状態になりました。営業会議でもCRMの画面が映るようになり、大森さんは表計算ファイルを開く回数を減らしていきました。
ところが、月末の営業会議で問題が起きます。木村さんの担当する大型案件の受注予定日が、7月のまま残っていたのです。チャットで「来月にずれそう」と伝えたつもりだった木村さんと、それを読み落としていた小池さんのチームとで、話がかみ合いませんでした。
小池さんのチームも疲れていました。本来の仕事であるリードへの架電の時間が、入力の代行に削られていたのです。
佐伯さんと小池さんは、ルールを変えました。インサイドセールスが代行するのは、議事録の貼り付けや連絡先の登録など、手間のかかる作業だけ。受注予定日、金額、ステージ、次にやることの4項目は、営業本人が商談の直後にスマートフォンから更新します。所要時間は1分もかかりません。
あわせて、大森さんは営業の週報を廃止しました。CRMの画面を見れば、週報に書いていた内容はすべて分かるようになったからです。木村さんは、この知らせをいちばん喜んだ一人でした。
9月:営業会議が変わった日

9月の第2週の営業会議。大森さんは、会議の冒頭でこう言いました。
「今日から表計算ファイルは開きません。CRMに入っていない商談は、この場では話さないことにします」
会議の進め方も変わりました。以前は、営業が一人ずつ自分の商談を報告していました。新しい会議では、最初の5分で「要注意」の印が付いた商談だけを画面に映し、そこから話し始めます。
その日、画面に映った「要注意」の中に、木村さんの大型案件がありました。ステージは「決裁の確認」のまま、41日間止まっていました。木村さんは「先方の稟議待ちなので大丈夫です」と答えました。
ところが、大森さんが「決裁者に最後に会ったのはいつ?」と聞くと、木村さんは少し考えて、「…3月ですね」と答えました。担当者の窓口とは頻繁にやりとりしていたものの、決裁者とはずっと会えていなかったのです。
翌週、木村さんは三浦さんと一緒に先方の役員を訪ねました。予算の配分が見直されていて、案件は来期に送られる寸前でした。訪問をきっかけに検討は再開し、その後、無事に受注が決まります。
会議のあと、木村さんは佐伯さんにこう言ったそうです。「あれ、前のリストだったら気づかなかったな」。
9月末:社長がCRMの画面で話しはじめる
9月末の経営会議で、三浦さんは初めてCRMの画面を映して受注見込みを説明しました。数字は、目標に対して少し足りないものでした。半年前の「目標の2倍」と比べると、ずっと地味な数字です。でも、この数字を疑う人はいませんでした。
共有フォルダの「案件リスト_最新_本当の最新」は、9月の第3週を最後に更新が止まりました。誰かが削除を指示したわけではありません。会議で使われなくなったので、自然と誰も開かなくなったのです。
半年がたって、CRMの必須項目は9個のまま増えていません。項目を追加したいという要望は何度か出ましたが、大森さんと佐伯さんが「その項目で、会議で何を決めるのか」を確認し、答えられないものは見送っています。ダッシュボードは3枚になりました。営業会議用の1枚と、インサイドセールスの架電リスト用の1枚、そして経営会議用の1枚です。
一方で、手つかずのことも残っています。マーケティングの施策が受注にどれだけつながったかという、三浦さんの最初の問いには、まだ答えられていません。リードの流入元のデータが、作り直しより前の分はばらばらだからです。佐伯さんはこれを、来期の最初の仕事にしています。
振り返り:うまくいったこと・うまくいかなかったこと
| うまくいったこと | うまくいかなかったこと | |
|---|---|---|
| 設計 | 影の表計算ファイルの11列をもとに、必須項目を9個に絞った | 最初は理想の設計を一人で作り、現場の実態と合わなかった |
| データ | 新しいルールを「今日の商談」から始めた | 過去2年分の整理に3週間を使い、現場の熱が冷めた |
| 巻き込み | 営業会議の主催者である営業部長と、画面を映す約束をした | 最初の説明会は「お知らせ」で終わり、会議は変わらなかった |
| 入力 | 判断に使う4項目は本人が更新し、週報を廃止した | 代行入力で入力率は上がったが、受注予定日の食い違いが起きた |
| 成果 | 止まっていた大型案件が会議で見つかり、営業の見方が変わった | マーケティング施策の効果測定は、半年たっても手つかずのまま |
自社で取り組むときのチェックリスト
- 営業が実際に使っている表計算ファイルやメモを探し、その列の意味を聞いたか
- 作り直した画面を「どの会議で、誰が映すのか」を、会議の主催者と決めたか
- 過去のデータの整理を、作り直しの開始条件にしていないか
- 営業の「入力はムダ」という声に対して、入力したデータの使われ先を確かめたか
- 判断に使う項目ごとに、更新する「持ち主」を決めているか
- 入力と引き換えに、なくせる報告書や資料を1つ以上決めたか
- 最初の会議で、止まっている個別の商談を映す準備をしているか
- 古いツールと並行して使う期間と、切り替える日を決めているか
まとめ
- 形骸化したCRMの裏には、現場が本当に使っている「影のリスト」がある。それがいちばん正直な要件定義書になる
- 正しい設計でも、会議が変わらなければ使われない。作り直しは会議の主催者と一緒に始める
- 過去データの整理にこだわらず、新しいルールは今日の商談から始める
- 「入力はムダ」という声は、データが使われていないという正確な指摘であることが多い
- 代行入力は作業だけにとどめ、判断に使う項目は本人が持つ
- 定着の決め手は、「CRMのおかげで助かった」という具体的な出来事をつくること
DADAでは、BtoBマーケティングの一環として、CRMの運用設計や営業会議で使うダッシュボードづくり、定着までの伴走をご支援しています。CRMが思うように使われていないと感じている場合は、お気軽にご相談ください。