【ケーススタディ:ピッチイベント運営】「毎年同じ顔ぶれ」の自治体ピッチイベントを1年で作り変えるまで
地方都市B市の産業振興課が、毎年同じ顔ぶれで次につながらなかったピッチイベントを、約1年かけて作り変えていく過程を描いたモデルケースです。途中のつまずきと、そこから得た学びも紹介します。

Key pointsこの記事の要点
- 自治体のピッチイベントを見直すときは、満足度ではなく登壇企業の「その後」を聞くことから始める。
- 地元企業の課題は「困りごと」ではなく「挑戦したいこと」として募り、経営者と現場担当者の2人1組で参加してもらう。
- 生まれた話が年度の壁で止まらないよう、予算や補助金の時期まで含めて設計する。
この記事は、新規事業やイベントの現場でよくある状況をもとに構成したモデルケースです。登場する企業・人物は、特定の企業や個人ではありません。
自治体が主催する「スタートアップと地元企業をつなぐピッチイベント」は、各地で開かれています。ただ、何年か続けるうちに、来場者はいつもの顔ぶれ、終わったあとに何も起きない、という状態になることがあります。担当者は違和感を持ちながらも、前年どおりに開催し続けてしまいがちです。
この記事では、地方都市の「B市」の産業振興課を舞台に、そんなイベントを担当者たちが約1年かけて作り変えていく過程を、物語の形で紹介します。予算の制約、上司や議会への説明、地元企業の本音など、自治体の現場でよく起きることを盛り込みました。
途中には、うまくいかなかった場面もあります。各所に「このケースから学べること」を置いているので、自治体や支援機関、事業会社でイベントを担当している方は、自分の状況に置きかえて読んでみてください。
ケースの概要
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 組織 | B市産業振興課。人口20万人ほどの地方都市 |
| 担当者の立場 | 主査の水野さん。前年度まで税務課にいて、異動1年目でイベントを引き継いだ |
| イベントの概要 | 年1回、11月に開くピッチイベント。県外のスタートアップ8社が登壇し、地元企業の経営者らが聞く。その後に懇親会 |
| 課題 | 来場者が毎年ほぼ同じ。開催後に商談や協業が生まれているかを、誰も把握していない |
| 期間 | 4月の異動から、翌年3月の年度末まで約1年 |
| 体制 | 課長の佐伯さん、主査の水野さん、主事の村上さん。当日の運営は委託先の運営会社 |
4月:引き継ぎ資料に「成果」の欄がなかった
水野さんが前任者から受け取った引き継ぎ資料は、会場の予約時期から当日の進行表まで、とても丁寧にまとめられていました。
ただ、1つだけ気になることがありました。どこにも「成果」が書かれていないのです。載っていたのは、来場者数(前年は約130名)と、アンケートの満足度(「満足」「やや満足」が9割近く)だけでした。
水野さんは、若手の村上さんと一緒に、過去3年分の登壇企業24社に連絡してみました。返事があったのは15社。そのうち、イベントをきっかけに地元企業と打ち合わせまで進んだのは3社で、取引につながったのは1社だけでした。
あるスタートアップの代表は、電話口でこう話しました。「名刺は30枚くらい交換しましたが、その後の連絡はありませんでした。交通費は自腹なので、正直、今年は迷っています」。
招待状の送付先リスト約200件も、半分ほどは地元の経済団体の役員や、市と付き合いの長い企業でした。毎年同じリストに同じ招待状を送っているのですから、顔ぶれが変わらないのは当然でした。
5月〜6月:地元企業の本音は、会議室では出てこなかった

水野さんが最初にしたのは、地元企業向けのアンケートでした。「イベントをより良くするためのご意見をお聞かせください」。回答は40件ほど集まりましたが、ほとんどが「毎年楽しみにしています」「懇親会の料理がよかった」というものでした。
これは1つ目のつまずきでした。市の名前で送ったアンケートに、地元企業が厳しいことを書くはずがなかったのです。
そこで水野さんは、方針を変えました。常連の企業を一社ずつ訪ね、イベントの話は後回しにして、まず相手の会社の困りごとを聞くことにしました。
創業70年を超える食品メーカーの宮下専務は、工場を案内しながら本音を話してくれました。「あのイベントは、市にはお世話になっているから行っているんですよ。スタートアップの話は面白いけど、うちの何に使えるのかは分からない。向こうも、うちが何に困っているか知らないでしょう」。
専務の会社では、ベテランの退職で製造ラインの段取りを教えられる人が減っていました。「それを相談できる相手なら、むしろ会いたいんです」。
金属加工の会社を経営する長谷川社長の答えも、似たものでした。「ピッチを聞いても、こちらから声をかける理由がない。あの場で『うちはこれに困っている』と言える時間があれば違うんだけどね」。
6月までに訪ねた12社の多くが、同じことを言いました。関心がないのではなく、出番がないから付き合いで聞いているだけだったのです。
7月〜8月:課長の一言で、説明の仕方を変えた
水野さんと村上さんは、イベントの形を大きく変える案をまとめました。前半は、地元企業が自社の課題を発表する「課題ピッチ」。後半は、その課題に応えられるスタートアップが登壇する。懇親会は、課題を出した企業ごとのテーブルに分けて話す形にする、というものです。
案を見た佐伯課長は、しばらく黙ってから言いました。「中身はいいと思う。でも、これで議会に『去年と何が違って、何が良くなったのか』と聞かれたら、何と答える?」
B市のイベントの予算は、委託費を含めて約500万円。毎年、決算の審査で「来場者数」と「満足度」を報告してきました。新しい形にすれば、来場者数はおそらく減ります。それを「失敗」と受け取られれば、翌年の予算は削られかねません。
水野さんは、説明の軸を変えることにしました。来場者数の代わりに、「開催後3か月以内に、地元企業とスタートアップの個別面談が何件行われたか」を成果の数字にする。過去3年の実績は、分かっているだけで3件です。それと比べられる形にしました。
予算は増やせないため、中身を組み替えました。懇親会の料理と、大きな会場の費用を抑える。浮いた分で、委託先の運営会社に「事前の面談調整」と「開催後の面談状況の確認」を仕様として追加しました。
佐伯課長はこの説明に納得し、部長への説明では、課長自身が「来場者数は減る見込みです」と先に伝えてくれました。
9月:課題を出してくれる企業が集まらない
9月、課題ピッチに登壇する地元企業の募集を始めました。目標は8社。訪問した12社の多くが前向きだったので、水野さんは十分集まると考えていました。
ところが、締め切りまでに手を挙げたのは、宮下専務の会社を含めて3社だけでした。これが2つ目のつまずきです。
断った企業に理由を聞くと、答えはそろっていました。「困っていることを人前で話すのは、うちの弱みを見せるようで」「取引先や同業者も来る場で、課題は言いにくい」。一対一の訪問では話せても、大勢の前で「困っている」と言うのは別のことだったのです。
水野さんは、募集の言葉を変えました。「御社の課題を発表してください」ではなく、「御社がこれから挑戦したいことを、一緒に実現する相手を探しませんか」。発表の型も、「困っていること」ではなく「3年後にこうなりたい。そのために、こういう技術や人を探している」という順番にしました。
あわせて、社名を出さずに課題だけを紹介する枠もつくりました。この2つの変更のあと、再度声をかけると、手を挙げた企業は6社になりました。長谷川社長の会社も、「3年後に、熟練工の勘に頼らない検査体制をつくりたい」というテーマで登壇を決めました。
10月:応募は半分に減り、中身は濃くなった
次はスタートアップの募集です。前年までは、「地域と連携したいスタートアップ」を広く募っていました。応募は毎年40社ほど。ただ、登壇企業の領域はばらばらで、地元企業の事業と関係の薄いものも多くありました。
今年は、6社の地元企業が出した「挑戦したいこと」を、募集要項にそのまま載せました。製造ラインの技能継承、検査の自動化、地元農産物の加工品の販路開拓、といった具体的なテーマです。応募するスタートアップには、どのテーマに、どう応えられるかを書いてもらいました。
応募は18社。前年の半分以下です。村上さんは不安そうでしたが、どの応募書類にも、地元企業の課題への具体的な提案が書かれていました。
物流の効率化に取り組むスタートアップの小林代表は、応募の理由をこう書いていました。「地方の展示会やピッチには何度も出ましたが、相手の課題が事前に分かったのは初めてです。これなら、交通費をかけて行く意味があると思いました」。
選考には課題を出した地元企業にも加わってもらい、6社を選びました。開催の2週間前には、事前面談をオンラインで14件行いました。
11月:当日、いちばん話が進んだテーブルの共通点

本番当日の来場者は約85名でした。前年の130名からは減りましたが、会場を小さくしたこともあり、空席はほとんど目立ちませんでした。
前半の課題ピッチでは、宮下専務が登壇しました。ベテランが引退していく現場の写真を映しながら、「この技術を、次の世代に残す方法を一緒に考えてくれる人を探しています」と語ると、会場は静かに聞き入りました。
一方で、3つ目のつまずきも当日に起きました。課題を出した6社のうち、4社は社長だけが来場していたのです。懇親会のテーブルでスタートアップから「現場ではどんな手順で検査していますか」と聞かれると、社長たちは「持ち帰って確認します」と答えるしかありませんでした。
いちばん話が進んだのは、宮下専務のテーブルでした。専務は、製造部の課長を連れて来ていたのです。スタートアップが質問すると、課長がその場で現場の手順を説明し、専務が「それなら来月、工場を見に来てください」と日程まで決めました。決める人と、現場を知る人が同じテーブルにいたことが、ほかのテーブルとの違いでした。
懇親会の最後には、参加者に「もう一度話したい相手」を用紙に書いてもらいました。お互いに選び合っていた組み合わせは11組。翌週、市からそれぞれに面談の候補日を送りました。
12月〜3月:PoCは2件始まり、1件は年度の壁で止まった
開催から3か月のあいだに、地元企業とスタートアップの個別面談は21件行われました。過去3年分の実績の3件を、大きく上回る数字です。委託先の運営会社が月に一度、面談の状況を確認してくれたことで、数字を正確に追えました。
そのうち、宮下専務の会社と技能継承の映像化に取り組むスタートアップは、1月から製造ラインの1つで試験的な導入を始めました。長谷川社長の会社も、検査の自動化について、小規模な検証を始めることが決まりました。
ただ、うまくいかなかった話もあります。地元農産物の販路開拓をテーマにした企業とスタートアップの組み合わせは、面談では盛り上がったものの、そこで止まりました。地元企業の側が、市の補助金を使って検証したいと考えていたのに、その補助金の今年度の受付がすでに終わっていたのです。次の受付は翌年度の5月。スタートアップ側は、そこまで待つ余裕がありませんでした。
水野さんは、ここで初めて、イベントと補助金の時期がかみ合っていないことに気づきました。来年度に向けて、イベントで生まれた案件が使える補助金の枠を別に用意できないか、財政担当との相談を始めました。
3月の議会では、佐伯課長が成果を報告しました。来場者数は減ったこと、個別面談は21件、実証が2件始まったこと。議員からは「来年はもっと増やせるのか」という質問が出ました。前例どおりを求める空気は、今年のやり方が新しい前例になったことで、少しだけ変わり始めていました。
振り返り:うまくいったこと・うまくいかなかったこと
水野さんは年度末、次の担当者がいつ異動してきても困らないように、引き継ぎ資料に「成果」の欄を加えました。そこに書いた内容を整理すると、次のようになります。
| うまくいったこと | うまくいかなかったこと | |
|---|---|---|
| 実態の把握 | 過去の登壇企業と地元企業を直接訪ね、本音を聞けた | 最初のアンケートでは本音が出ず、時間を使った |
| 上司・議会への説明 | 成果の数字を「3か月以内の個別面談数」に変え、過去と比べられる形にした | 来場者数の減少を気にする声は、庁内に残った |
| 課題の募集 | 「挑戦したいこと」として募り、社名を伏せる枠もつくった | 最初の募集では3社しか集まらなかった |
| スタートアップの募集 | 課題を具体的に載せ、応募の質が上がった | 応募数が半分以下になり、庁内への説明が必要だった |
| 当日の運営 | 事前面談と「もう一度話したい相手」の用紙で、次の面談につなげた | 4社が社長だけの参加で、話が「持ち帰り」になった |
| 開催後 | 委託先の運営会社が面談状況を月に一度確認し、数字を追えた | 補助金の受付時期と合わず、1件が止まった |
自社(自組織)で取り組むときのチェックリスト
- 過去の登壇企業に、イベントのあと何が起きたかを直接聞いた
- 常連の参加企業を訪ね、イベントの話の前に困りごとを聞いた
- 成果の数字を「来場者数」以外で決め、過去と比べられる形にした
- 減る見込みの数字を、事前に上司と共有した
- 課題を「これから挑戦したいこと」として募集し、社名を伏せる選択肢を用意した
- スタートアップの募集要項に、具体的な課題を載せた
- 課題を出す企業に、経営者と現場担当者の2人1組での参加をお願いした
- 開催後の面談や検証に使える予算や補助金の時期を確認した
まとめ
- 満足度の数字ではなく、登壇企業に「その後どうなったか」を聞くことから始める
- 「毎年同じ顔ぶれ」は関心の薄さではなく、地元企業に出番がないサインのことがある
- 企画を変えるときは、成果の数字を先に決め、上司が説明できる形にする
- 課題は「困りごと」ではなく「挑戦したいこと」として募る
- 課題を具体的に示すと、スタートアップの応募は減っても中身は濃くなる
- 地元企業には、経営者と現場担当者の2人1組で参加してもらう
- 生まれた話が止まらないよう、予算や補助金の時期まで含めて設計する
DADAでは、自治体や支援機関、事業会社が主催するピッチイベントの企画から、参加企業の募集、当日の運営、開催後のフォローまでを一気通貫でご支援しています。続けてきたイベントを、次の一歩につながる場に作り変えたい場合は、お気軽にご相談ください。


